月下星群 〜孤高の昴

    “覚えあればこその苦笑い”
  



それは長閑な小さな島の、
浜辺に設けられた小さな港は、
主には島民の漁に使われているようで。
午前中の浜には停泊している船影なぞほぼなく、
入り江の先、やや斜め横に延びている、
堤防も兼ねているらしい船着き場も、
積み上げられた石積みが何にも遮られぬ陽にさらされ、
白く乾いて目映いくらい。
その先に広がるのは穏やかな海で、
朝から上天気なせいだろう、
遠い沖合には、
金の砂か 細い細いスバングルを散らしたような
光のたまりが静かに瞬く。
明け方はまだ空も大気も仄明るい段かいなせいか、
最も目映い朝日の真下、
同等の拮抗で照り映えていて、
漁に出ていた漁船のシルエットが黒々していたその場所も。
太陽の位置が東から西へと動くにつれ、
周囲の明るみとも馴染みつつ、少ぉしずつ移動してゆくようで。
今は丁度、港の真ん中辺りの先で、
おいでおいでと誘うように
チラキラ燦いているのが却って長閑。

 「お、あれも漁をしてるのかな?」
 「なんだ何だ?」

少し陸へと上がった奥向きの、
メインストリートにあった結構にぎやかだった市場から、
補給を兼ねた買い物帰りか、樽やら麻袋やらを手に手に抱え、
長閑な浜辺へまで出て来た面々が、
何とはなし眸をやったのが海の側だったが。
そんな風景の中にぽちりと小さな存在があるのへ、
一行の中でも特に目のいい狙撃手さんが真っ先に気がついた。
もう明け方とは呼べぬほどに
空の蒼さも海の碧さも落ち着いており。
そんな中へと見つかったのは、
遠い沖に臨めた船たちと変わらぬほどに、小さな小さな船影が一つ。

 「あ、ホントだ。船…いや、舟かな?」

堤防の内側という位置なので、さほど遠くはないはずで。
となると、
遠いから小さく見えるのではないということになる。
そんなほどに愛らしい小舟であり、

 「子供が船遊びでもしてんじゃないのか?」
 「ああ、そうかもな。」

磯や浅瀬でも何か、ウニだの貝だのとれるのかもしれないが、
こうまで陽が高くなっては、相手も深みへ潜っているだろし。

 「一応は帆もあるが、あれじゃあボートも同然だ。」

ただ帆布が垂れ下がっているだけでなく、
それで方向を操作出来るようにか、
下桁棒もしっかと張ってはいるけれど。
船尾には舵もない小さな小さな代物。
何とはなしに眺めておれば、
帆の向こう側にいたらしい小さめの人影が船端から海を覗き込み、
それをからかうようにか、
ばぁっとお元気に海面から飛び出して来たのが、
やはり小柄な影だったので、

 「わあ、楽しそうだ♪」

毛並みもふかふかとなり、
枝分かれした角も大人びて雄々しい、
すっかりと立派な風体へ成長したトナカイさんが。
だがだが昔と余り変わらぬ甘い声音で、
無邪気な子供たちを羨ましがって見せ。
それへと狙撃手さんも口元をほころばせ、うんうんと頷く。

 「俺らもこの荷物を置いたら少しは息抜きが出来るかもな。」

自分から望んで飛び込んだとは言え、
海も空も、ついでに人も、
そりゃあ苛酷な環境と化す航路にいる身としては。
こんな屈託のない風景に出会うと、
ついつい和みたくもなるというもの。
こちらの入り江からはやや離れた岩陰へと、
小船で乗り付けたご一行。
人目を避けるよう、沖合の岩礁の陰へと係留した愛船が、
真ん丸顔のライオンを舳先に飾った剽軽な外観でありながら、
それへと搭乗しているクルーらは
新世紀に於ける成長株筆頭と目されて久しいと、
海軍を初めとする各方面へと知れ渡りつつある“海賊団”だというに。
ともすりゃあ無頼な風評とは微妙に異なって、

 「そうだ、チビメリーでぐるっと漕ぎ出そうか。」

そちらの舳先飾りは初代の羊。
愛らしい小型ボートを引き出そうと
楽しそうに提案した長鼻の狙撃手さんだったのへ、

 「あ、それオレも乗りたいぞvv」

悪魔の実の能力者、海には入れぬトナカイさんが
無邪気な声で“なあなあ”とおねだりする始末。
そんな傍らで、

 「………。」

長身な自分が頭まですっぽりと浸かれるほどの大きな樽を2つも、
左右の肩の上へと担ぎ上げていたもう一人の連れが、
あんまりあれこれへと注意を逸らさぬ彼には珍しく、
仲間らが無邪気にも注意を留めた小船をやはり じいと見やっておいで。
短く刈られた髪は、それが自毛なら珍しい緑色。
だがだが、それが少しも洒落めかしては見えぬのは、
やや吊り上がった双眸には剛の眼光が宿り、
男臭くて精悍な面差しな上、あまり表情も動かさぬままという、
どこか恐持てな風貌の彼だったから。
雄牛のように でんとデカイというのじゃあないが、
それでも…抱えた樽の大きさが、
不思議とそれほど常識はずれに見えぬほど
余裕で安定して乗っかっているほどに、
がっつりと幅のある肩も雄々しい、それは頼もしい体躯をしてもいて。
そも、そんな大変な荷物を課せられたまんま、
なのに他所へと気を取られているとは大した輩。
膝まで垂らした裾長の上衣を潮風にはためかせつつ、
ぼんやりと視線を向けた先、
連れの二人と同じよに子供らが遊ぶ小舟を見ちゃあいたけれど、

 “…だよなぁ。”

あんな小さい小舟、普通はせいぜい水遊びにしか使わねぇわなと。
あらためてのように
そんなところをしみじみと噛みしめてしまった彼だったのは、

 『お前、俺の仲間にならねぇか?』

俺は海賊王になる男だと、途轍もないことを胸張って豪語した
誰かさんとの出会いを思い起こしたからに他ならぬ。
丁度あのくらいの小さな小さなボートもどきで漕ぎ出そうという無謀な航海へ、

 “よくもまあ付き合う気になったもんだ。”

ただの大海原へ乗り出そうというんじゃあない、
生きては帰れぬ“魔海”とさえ言われていたグランドラインへ向かうというに。
そんな頼りない小舟で挑もうという船長だったのへ、
自分もまた、呆れはしたが怖じけはしなかった。
怖いもの知らずだったところもお互い様で。
(のちに合流した航海士さんに言わせりゃ、
 そんなのただの物知らずだそうだけど。)

 「……。」

それでもいいのだと思わせたほどの存在だったのだから仕方がない。
そこから始まった旅路は、
時々本気で
“俺、何か間違えてないか?”と
頭を抱えたくなったこともしばしばながら。

  ―― それでもやっぱり、後悔はないままだったから。

無鉄砲はお互い様だし、無謀さはむしろ大歓迎。
途轍もない騒動に巻き込まれるたび、
自分の中の限界を突き破らにゃあ、
先へは進めないぞという状況をくれた豪気な船長だったし。

 『俺の野望は世界一の大剣豪になることだ。』

ひとつなぎの秘宝“ワンピース”を語ると鼻で笑われたのと同じほど、
そんな夢みたいに掴みどころのない高み、
目指していると公言するなんて。
自分もたいがいの大馬鹿だと、思わんでもなかったのにね。
海賊なんて悪党じゃねぇか、
そんなものへ成り下がるなんてごめんだなんて言いながら、
世の中の物差しで言えば 絶対の“正義”なはずの海軍が
だってのに専横利かしている現実へ、
利かん気なガキみたいに逆らって見せてたのはどこの誰?

 ―― 大剣豪? いいねぇ。
   海賊王の仲間だ、そのくらい なってもらわにゃ困る

そんな野放図さが気に入られた自分の、
もっと上をゆくルフィの破天荒な態度や言動に、
何考えてんだと振り回されつつも、

  夢を公言してもいいのだと、胸を張っていいのだと

ほらと、どんと背中を押された気がして、
くさくさしかかっていた胸がいつしかすっきり晴れていて。

 「……。」

沖合に浮かぶ小さな舟に、
それがそもそもの始まりだものなと
ふっと思い出すものがあった剣豪さんで。

 「? どした? ゾロ。」
 「いや…。」

単なる黙んまりじゃあない、
どこか感慨に耽るような空気を醸していた彼だと気づいたものか。
眩しげに目元を細めて、どこか遠いものを見やっているらしき剣豪へ、
連れのトナカイさんが声をかけたその間合い、

 「  ………ぉろぉーーーーーっ。」

遥かに遠いどこかから、
潮騒の音の中、抜き手を切って泳ぎくるよに
誰かの声が吹きつけて来て。

 「え?」
 「あ"。」

もしかせずとも、彼の十八番の“ゴムゴム”を使って、
遥か沖合に係留していた船の上から、
文字通り“飛んで”来たらしい誰か様。
ひゅんっと風を切る音さえ遅れてついて来たほどに勢いよく、
宙を飛んで来たという途中経過が目に留まらなかったほどの超高速。
そうまでして、しかもかなりの距離をまたいで来た以上、
加速に相応(そぐ)う破壊力もあったはずだろうに。

 「おう、なんだ。」

ど〜んっとぶつかって来た船長を、
両手ふさがりのまんま、その身で苦もなく受け止めた剣豪はといや。
態度も表情も泰然としたまま、
樽を抱えたままという立ち姿勢も揺るがさず。
強いて言やあ、
砂浜に立っていた立ち位置が
ほんの数センチほどズズズと後方へずれただけというから恐ろしい。

 「…今の、俺らが受けてたら沖合まで吹っ飛んでるな。」
 「いやいや、砂へめり込んでたぞ。」

くどいようだが、
壁のような、はたまた山のようなと評されるよな、
見るからにでっかい“巨漢”ではない身だのにね。
ウソップやチョッパーが
ただ単に“力持ちだよなぁ”と感じ入った以上のオマケ、
鋼鉄のようにただ堅いだけじゃなく、
襲い来た途轍もない力を
咄嗟に上手に逃がして分散させられる勘も持ち合わせていたからこそだと、
見ていたのが達人だったなら そうまでの妙技だとも判った筈で。
こういうことを けろりとやってのけられる
言いようは悪いかもだが、一種“怪物”とまで育った剣豪さんだというに、

 「買い物済んだんだろ? じゃあ散歩行こうぜっ!」

お留守番を余儀なくされていた間、
船の上にて“まだかな、まだかな”と上陸組の帰りを待ってた船長さんから、

 “甲板の上を転げ回っとったな。”

あ〜あ〜、埃や木屑まるけになりおってと。
ぎゅむとしがみついたまんまな小柄な身を
ざっと検分しておいでという 微妙な余裕を働かせてから、

 「まあ待て、荷物を置いて来にゃならん。」
 「そんなもん、こっから放れば…。」

ひょろ長い足をぐるぐると巻き付ける格好でしがみついたまま、
相手が抱えたままの大樽へ、
お気楽に言ってのけ、手をかけようとした麦ワラの船長さんだったが、
そんな億越えバウンティの大物船長に向かい、

 「中身は相当に上物の酒だ。
  甲板に叩きつけるようなことをしやがったら、
  ナミやアホコックだけじゃなく、俺も許さんぞ。」

 「………お、おう。」

ちょいと目元を座らせるだけで言い聞かせられる恐ろしさ。
日頃はクルーの穏健派らが真っ青になって引き留める“冒険”へ、
先頭切って同行するよな“船長第一主義”のくせをして…と、

 「…ルフィが肉優先なのといい勝負だ。」
 「だな。」

ちょっと脱力したせいか、
微妙に斜めになったウソップやチョッパーが呆れたほどに。
相変わらず彼のログポースは、
この無邪気で無謀な船長さんを中心に振れておいでな
未来の大剣豪さんだったりするらしく。
だったら早く船へ戻ろうと、
やはり“なあなあ”と急かされるまま歩き出す、長身の彼の足元では。
湿った砂の上へ刻まれる足跡が、だが、
これから潮が満ちるのか、少しずつ陸へと寄せ気味な波に浚われ、
見る見ると消されてしまったけれど。
想像さえ追いつかない途方もない先行きへ向かって、
ただただ全力、一気呵成という勢いで駆けてる只中で、
まだまだ振り返るつもりのない彼らには、
そんなのどうでもいいことなのかも知れない……。





   〜Fine〜  2012.12.27.


  *長らく留守にしてました、すいません。
   ベッドを踏み台代わりにしていたら
   そこから足を踏み外して落ちるという、
   まんがみたいな事情で足首を折ってた粗忽者です。
   でもね、用心してても襲い来る交通事故も怖いですが、
   入院するよな大怪我というと、
   実は家庭内事故のほうが多いそうなので、
   皆様も“うっかり”には どうかご用心を。

   何が口惜しかったかと言って、
   これだけは絶対に毎年頑張るぞとして来た
   剣豪のお誕生日を祝えなかったのが、
   (しかも直前だったのに…)
   病院の薄味の食事を我慢できても、手術後の痛みに耐えられても、
   いつまでもいつまでも悔しいばかりだった事態でございまして。
   全然間に合っておりませんが、
   今頃という後出しです、すいません。

     剣豪様、お誕生日おめでとう!(…なんか寒いわ)


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